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通貨今昔物語

明治37年生まれの母が H12.5月多発性脳梗塞で死亡した 昭和3年生まれの俺が 小学校入学記念のものであろうと思う セピア色に変色した懐かしい写真などが母の部屋からでてきた そんなとき いろんなガラクタの中から あっちこっち錆びの付いた細長い蓋付きの缶が出てきた なにが入っているんだろうかと開けてみたら 10銭とか5銭1銭といった硬貨などがズシッと重い感じで入っていた 
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これらの通貨は大正5年から昭和13年に掛けて流通していた通貨で 俺が幼少の頃には この1銭銅貨を握り締めて駄菓子やに行くと 飴玉が4個買えた 
午前中に1銭 午後1銭のお決まりの小遣いを 俺はその都度飴玉に変えていたが 直ぐ下の妹は2銭にして ちょっと大振りの「もなか」を買っていたのを思い出す 
しかしこんな平和だった日本が盧溝橋事件を契機にシナ事変へと戦線を拡大する羽目となり やがては太平洋戦争へと繋がってゆく不幸な時代がくるのだ

そのとばっちりを受けたのがこの硬貨達である 戦争が大変なエネルギーを必要とした事が この硬貨達のやせ細ってゆく過程を見れば分かるだろう 一番大きな硬貨が明治10年の1銭である その下のS20年の1銭は見るも哀れな姿で登場する 空威張りなのだろう 縦書きで大日本と刻印されているが それがなんとも哀れに見えてならない 大日本と名乗ったこれが最後のコインではないんだろうか 今は「日本国」と身の丈に合った表現だが 現在の10円硬貨が 俺が飴玉4個買えた当時の1銭銅貨の 1.000倍つまり「飴玉」が4.000個 「もなか」が2.000個買う事ができ 毎日「もなか」を食べても10円あれば5年半も食べ続けることが出来るのだ 今 この10円で買えるものがあるだろうかねぇ

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